大判例

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東京地方裁判所 昭和37年(特わ)232号 判決 1965年8月27日

被告人 保母道雄 外四名

主文

被告人吉田義正を懲役二年に処する。

但し、この裁判の確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人保母道雄、同長嶺豊明、同久保祐三郎および同松本三郎は、いずれも無罪。

被告人吉田義正は、商法違反の点については無罪。

理由

第一節  被告人吉田義正に対する業務上横領被告事件

(罪となるべき事実)

被告人吉田義正は、東京都中央区京橋三丁目四番地に本店を置く車輛用電動機等の製造販売等を営業目的とする東洋電機製造株式会社に入社し、じらい大半は経理事務に携わつてきて、昭和二〇年一〇月総務部経理課長、昭和二五年一月経理部次長、昭和二六年八月総務部次長の各地位を経て、昭和二九年九月以降は経理部長、ついで昭和三二年一月以降は取締役兼経理部長の職にあつたもので、昭和二七年八月以降経理部経理課長、ついで昭和三五年二月以降経理部次長兼同部資金課長をしていた関山彊の補佐を受けて、同会社の資金の出納、保管の業務に従事していたところ、自己の住宅の増改築費や株式投資等に供するため、右関山彊と共謀のうえ、当座預金として預け入れて業務上保管中の同会社の資金を横領しようと企て、昭和三一年五月四日から昭和三五年一二月八日までの間前後一一回にわたり、別紙一覧表記載のとおり、同会社外注先の大阪変圧器株式会社等に対する外注費等の支払名義を仮装して、協和銀行京橋支店ほか四銀行支店宛の東洋電機製造株式会社取締役社長三輪真吉名義の小切手を振り出し、ほしいままに右関山彊の普通預金口座に振り込んで入金し、または現金で払出しを受け、合計金一一、〇〇八、五〇四円を着服横領したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人吉田義正の判示各所為(別紙1ないし11)は、いずれも刑法第二五三条、第六〇条に該当するところ、これらは、同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条に則り、犯情の最も重い別紙の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、同被告人を懲役二年に処する。ところで、本件の被害額は、多額に上り、犯行も数年の長きにわたり反復累行され、その犯情は、重いのであるけれども、同被告人は、前科がなく、犯行後悔悟して、共犯者の関山彊とともに被害の全額につき弁償をしていること、本件以外に格別非難される行状も窺われないこと、その他諸般の情状に鑑み、刑の執行を猶予するのが相当であると認め、同法第二五条第一項を適用し、この裁判の確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

第二節  被告人ら全員に対する商法違反被告事件

(公訴事実の要旨)

被告人らに対する昭和三七年特(わ)第二三二号の起訴状および検察官作成の昭和三八年一月二八日付釈明書二通によれば

被告人保母道雄は、東京都中央区京橋三丁目四番地に本店を有する東洋電機製造株式会社の取締役副社長、同長嶺豊明は、同会社常務取締役、同吉田義正は、同会社取締役、同久保祐三郎および同松本三郎は、いわゆる総会屋で、被告人久保は、昭和三六年七月二八日当時は一、九七五株、昭和三七年一月三〇日当時は九七五株の各株式を有する右会社の株主、同松本は、各その頃一〇〇株の株式を有する右会社の株主であるが、同会社は、昭和三六年一月二八日長尾磯吉と嘱託契約を締結し、その後長尾が発明すると自称していた新型式カラーテレビ受像機の研究のため多額の出資をし、同年六月二八日同人が試作したと称する受像機なるものを新聞記者等に公開発表した。これがため、かねてから、右受像機研究の情報によつて徐々に騰貴しつつあつた同会社の株価がさらに不当に急騰したが、その直後右受像機が東芝製の偽作品で長尾の発明品でないことが判明して、一般投資家から同会社に対する非難が高まり、新聞雑誌もこれを重視し、同会社が東芝製の偽作品を長尾の発明品であるといつて公開発表した責任を追及する事態に立ち至つたところ

第一、被告人保母、同長嶺および同吉田は、前記のように長尾の発明が虚偽であつたことを知るや、同年七月二八日開催の同会社第八六期株主総会において一般株主からこの問題を追及され総会の議事進行に支障を来たすことを慮り、三名共謀のうえ、同年七月上旬頃、前記会社および同都中央区西八丁掘一丁目一番地料亭「かがわ」等において被告人久保に対し、同月下旬頃、同都千代田区丸の内一丁目二番地日本工業倶楽部において被告人久保を介し被告人松本に対し、それぞれ右総会において営業報告、役員改選等の議案を無事可決に至らせるため、株主が前記カラーテレビ問題に関する会社役員の責任を追及して発言することを封じ、会社役員のため有利な発言をして貰いたい旨依頼し、同総会における株主の発言および議決権の行使に関し不正の請託をし、その謝礼の趣旨で

(一) 被告人久保に対し

(1) 同年七月下旬頃、被告人吉田の意をうけた同会社総務部長新井正吉を介し、同会社において、現金七〇、〇〇〇円を

(2) 同年八月初旬頃、被告人長嶺および同吉田が、同都港区芝公園一四号地の八被告人久保方において、現金一〇〇、〇〇〇円を

(二) 被告人松本に対し

(1) 同年七月下旬頃、被告人久保を介し、同都千代田区大手町二丁目二番地野村ビル内株式会社アルプスの事務所において、現金三〇、〇〇〇円を

(2) 同年八月上旬頃、同会社取締役上杉弥一を介し、同所において、現金一〇〇、〇〇〇円を

各授与して財産上の利益を供与し

被告人久保および同松本は、右のとおりそれぞれ不正の請託を受け、その謝礼の趣旨で供与されるものであることの情を知りながら、各これを受領し、もつて、それぞれ株主総会における発言および議決権の行使に関し財産上の利益を収受し

第二、被告人保母および同吉田は、前記カラーテレビ問題が紛糾を重ねたため同会社が同年一〇月末長尾との嘱託契約を解除し、ついで同年一一月末同会社取締役社長国行一郎が責を負つて辞職する事態に立ち至つたため、昭和三七年一月三〇日の同会社第八七期株主総会においてもさらに一層株主よりカラーテレビ問題の追及を受けることを慮り、両名共謀のうえ、同年一月上旬頃より中旬頃にわたり、同会社および同都港区芝新橋二丁目三六番地料亭「きた駒」において被告人久保に対し、同会社および横浜市神奈川区台町一七番地料亭「田中家」において被告人松本に対し、それぞれ右総会において営業報告、定款変更、役員改選等の議案を無事可決に至らせるため、一般株主が前記カラーテレビ問題に関する会社役員の責任を追及して発言することを封じ、会社役員のため有利な発言をして貰いたい旨依頼し、同総会における株主の発言および議決権の行使に関し不正の請託をし、その謝礼の趣旨で

(一) 被告人久保に対し

(1) 同年一月下旬頃、被告人保母および同吉田の意を受けた同会社総務部長井上一を介し、同会社において、現金五〇、〇〇〇円を

(2) 同年二月初旬頃、被告人吉田および右井上が、同所において、現金一〇〇、〇〇〇円を

(二) 被告人松本に対し

(1) 同年一月下旬頃、被告人久保を介し、前記株式会社アルプス内において、現金三〇、〇〇〇円を

(2) 同年二月初旬頃、被告人吉田および右井上が、同所において、現金一〇〇、〇〇〇円を

各授与して財産上の利益を供与し

被告人久保およ同松本は、右のとおり、それぞれ不正の請託を受け、その謝礼の趣旨で供与されるものであることの情を知りながら、各これを受領し、もつて、それぞれ株主総会における発言および議決権の行使に関し財産上の利益を収受し

た。

以上の被告人保母、同長嶺および同吉田の各所為は、商法第四九四条第二項、刑法第六〇条に、被告人久保および同松本の各所為は、商法第四九四条第一項第一号に該当するというのである。

(認定事実)

第一、事件の経緯等

(一) 被告人らの経歴

被告人保母道雄は、彦根高等商業学校を卒業し、株式会社鴻池銀行、同銀行ほか二銀行の合併により創立された株式会社三和銀行に勤務し、昭和二二年から右三和銀行の支店長や秘書役をした後、昭和三一年一一月取締役、昭和三三年常務取締役、昭和三五年専務取締役と順次昇進したが、昭和三六年一月三〇日前記東洋電機製造株式会社に取締役副社長として入社し、同年一一月二八日からは社長国行一郎の辞任によつて社長の職務を代行することになつたもの、被告人長嶺豊明は、京都帝国大学法学部を卒業し、新潟電力株式会社、大日本兵器株式会社、東京都地方労働委員会に勤務し、昭和二五年五月東洋電機製造株式会社に総務部次長として入社し、昭和二九年九月総務部長、昭和三五年一月取締役兼総務部長、昭和三六年一月総務部担当の常務取締役となり、同年九月勤労部および資材部担当にかわつたもの、被告人吉田義正は、金沢市立商業学校を卒業し、株式会社明治銀行、株式会社昌和洋行に勤務し、昭和一三年東洋電機製造株式会社に入社し、前記第一節記載の職歴を経てきたが、昭和三六年九月以降は総務部兼経理部担当の取締役にかわつたもの、被告人久保祐三郎は、三重県立第一中学校を中退し、明治四〇年頃上京して新聞記者をしていたが、昭和初頭から中外通信社や帝国新報社を経営し、一時鉱山業に手を出したこともあり、昭和二七年頃東商株式会社を設立してその代表取締役となり、またその頃から花月園観光株式会社監査役等をしたが、約五〇年前頃からいわゆる総会屋として活動し、現在一流会社数十社から総会のとりまとめを依頼されているもの、被告人松本三郎は、商家生れで、一九歳頃大阪に出て事務員、雑誌記者等をしていたが、昭和一〇年頃独立して出版業を経営し、昭和三一年三月には株式会社商工財務研究会を設立してその社長となり、昭和三七年二月商号を株式会社アルプスと変更し、本社を東京都千代田区大手町二丁目二番地野村ビル五階におき「旬刊アルプスシリーズ」等を刊行して諸会社に販売し、かたわら信用調査、広告代理業務もしており、約二〇〇の株式会社の株式を保有し、昭和二四年頃から右諸会社の株主総会に臨んで、いわゆる総会屋として活動し、被告人久保とは親交があつたものである。

(二) 東洋電機製造株式会社が長尾磯吉に研究を行なわせた経緯と状況

昭和三五年九月頃、東洋電機製造株式会社(以下単に会社と称する。)の総務部次長新井正吉は、その友人篠原三郎から、九州の発明家長尾磯吉なるものが発明した電子管を回路に取りつけた高性能の小型テレビの企業化をもくろんでいる旨を聞いて、これを会社副社長国行一郎に伝え、国行は、会社事業の新分野への進出を考えていたので、この発明に興味を持ち、同年一〇月頃長尾に直接会つて、その電子管は内外の特許が数多く、利用範囲もきわめて広い旨の説明を聞き、長尾の発明した電子管は、少くともネオン管、面照明器具に応用しうるものと考え、研究に価するとして、会社技術陣等による充分な検討を経ることなく、わずか二回の簡単な実験をしただけで、昭和三六年一月二八日頃長尾と技術提携に関する契約(その契約書は、昭和三八年押第五一三号の一の中に編綴されている。)を締結し、長尾を会社に迎えて研究に当たらせることにしたが、右契約中にはカラーテレビの特許に関する事項も含まれていた。昭和三六年一月三一日会社の社長となつた国行は、長尾が会社戸塚工場での研究を嫌つたこと、また、すでに会社がカラーテレビに進出するのではないかとの噂があつたことから、研究の秘密を保持すべきものとして、長尾をして、その助手三名とともに東京都内にある会社の目黒クラブで研究に従事させることとし、長尾との連絡を当時総務部長となつていた前記新井に命じた。しかしながら、そもそも長尾の発明したと称する電子管は、一種の放電管で、その中に封入するガス体又は不純物によつて温度が上昇して耐久性に乏しく、全く実用価値のないもので、右目黒クラブには実験研究設備はなく、長尾らは、研究に励む様子もなかつた。長尾は、国行からその発明にかかる電子管を回路につけた小型テレビの製作を命ぜられるや、同年二月末頃市販の小型テレビ七台を購入して、そのままこれを会社に提出し、電子管をつけた高性能のものだと欺き、被告人保母、同長嶺らもその一台宛の交付を受けた。

(三) カラーテレビの試作品の発表に至る経緯

かかるうち、長尾は、同年三月初頃国行に対し、カラーテレビの研究もしているが、いまだ赤の残光があつて完成しないと述べていたが、同年四月二五日頃、電機器具商から東芝製一七インチW型カラーテレビ受像機(以下カラーテレビ受像機以下カラーテレビ受像機を単にカラーテレビと称する。)一台を買い受け、当時の都内五反田の自宅に据えつけ、その回路に手持ちの電子管を挾み込んだうえ、早速新井に対し、自分が発明したブラウン管と電子管を利用して新型式のカラーテレビが完成したと虚偽の報告をした。そこで、同年五月五日頃国行社長以下副社長の被告人保母、同長嶺、同吉田ら会社幹部が、そろつて長尾宅へ赴き、長尾が発明試作したというカラーテレビを実見することになつた。長尾は、大きさは一四インチで、冷陰極ブラウン管を用い、従来のものと異なりシヤドーマスクはない、キヤビネツトは東芝の下請から特に譲り受けて用いている、ブラウン管は茂原の研究所の知人に依頼して極秘に作らせた等虚偽の説明をした。長尾は、前記購入のカラーテレビに電圧を上げて映像面の輝度を増す仕組をしていたが、一同は、このような仕組がされているものとは知らず、素晴らしい発明であるとして称讃し、発明の完成を喜んだ。同月九日頃長尾は、「一四インチカラーTV材料及部品価格表」(前同押号の四二)を技術担当の専務取締役たる小坂常吉に提出した。そこで、同月一二日頃国行は、これを企業化するには、まず製品の均一化を確認する要があるとして、長尾に対し、七・五インチ、一四インチ、一七インチおよび二一インチの各種七台ずつの試作を依頼した。長尾は、ここまでくれば、容易に各種のものを製作することができ、七週間以内にはでき上がると語つた。

さて、この間同年二月頃から株式市場新聞等では、東洋電機に画期的新材料出現、カラーテレビに進出か等の噂が報ぜられ、会社の株価は、上昇し、同年一月当初一五〇円以下であつたものが、同年三月七日には三五三円に達し、東京証券取引所は、同日二〇円巾のいわゆる値巾制限の措置をとり、さらに、同年五月一五日からはいわゆる報告銘柄指定の措置をとつた。会社としては、株価上昇によつて安定株主が利喰いに奔り、その数が減少することをおそれ、かつ、株の買占めの噂もあつたことから、その噂の真偽を調査するかたわら、これに対処するため、被告人保母、吉田らが中心となつて直系子会社に株を保有させようと図り、同年六月頃とりあえず子会社たる泰平電鉄機械株式会社の取締役である望月正三名義で一〇九、〇〇〇株の自己株を取得し、同年七月中旬頃他の子会社たる株式会社立正電機製作所にこれを譲渡した。

そして、会社は、長尾の発明が、理論的または技術的に研究の余地が残され、企業化の段階に至らなかつたので、東京証券取引所から度々事情を聴取されても、カラーテレビの研究やその完成の事実を否定しつづけ、外部には一切これを秘してきたが、会社の否定にもかかわらず、相変らず株式市場等で種々の噂が流れては株価が乱上下し、時には会社に対する攻撃的論調も見受けられ、他方、長尾は、試作品が完成したからには一日も早く発明家として名乗りを挙げたいと公表を迫り、発表しなければ、他社へ発明を持ち込むかのような言辞さえも弄した。会社は、このような四囲の状況のもとで、さらに発明を否定しつづけることは適切でないとして、同年六月一〇日頃カラーテレビの研究の成果を現状のまま公表することに決し、同月二〇日被告人保母および同吉田が東京証券取引所を訪ねて、試作品を発表する旨を報告し、被告人長嶺は工業倶楽部、被告人吉田は兜クラブにおいて、それぞれ記者団に案内文を手交して、同月二八日東京会館において報道関係者にカラーテレビを公開のうえ、その説明を行うと発表した。

(四) 試作品発表会当日の状況

同年六月二八日午後五時から都内千代田区丸の内三丁目一四番地株式会社東京会館において、報道関係者等多数を招いて、長尾の発明にかかるカラーテレビの試作品の発表会が開催された。長尾は、購入した東芝製一七インチWKカラーテレビ三台を、各映像面を残して黒布で覆つて会場に運び入れ、電子管はその一台の内部に取り付けただけであつたが、あらかじめ会場の電圧を一〇〇ボルト余に上げておき、テレビの映像面の輝度が増大するように調整しておいた。発表会では、まず国行が挨拶しついで長尾がこのテレビについて説明し、質問にも応答した。それによると、発明したカラーテレビの特徴は、(1)ブラウン管の大きさは一四インチであるが、レンズを用いているので映像面は一五・五インチ大に見える、(2)ブラウン管は冷陰極の静電偏向方式で、偏向角度は九五度である、(3)ブラウン管にかける電圧は五万ボルトである、(4)ブラウン管の真空度は一〇のマイナス八乗で、その中にはクセノン・アルゴン・ヘリウム等のガスが封入されている、(5)シヤドーマスクはなく、電圧変化によつて色調が再現される、(6)年内に市販のカラーテレビの二分の一ないし三分の一の値段の一二、三万円で市販できる等というのであつた。会場にいたカラーテレビの研究家たる技術者の乙部融朗、北村俊一らは、長尾の説明に理論的矛盾のあることを知つて、いち早くその発明に大きな疑問を抱いた。

(五) 発表後の反響と会社の対策

前記六月二〇日の発表によつて、会社の株価は、急騰し、同月一九日の終値三六九円から七月三日には五〇五円となつたが、その頃から、発表会の説明には矛盾があり、発明に疑問がある旨の新聞等の報道がなされて、反落に向かつた。そして、長尾が発表会で展示説明したカラーテレビは、長尾が市販のシヤドーマスク方式のものを買い求めてきたものであるとの批判も高まつてきたので、ここに、会社では、幹部が協議のうえ、同月四日頃社長国行、被告人長嶺および前記新井らが長尾宅に赴き、シヤドーマスクの存否を確かめようとしてブラウン管の切断を求めた。長尾は、直ちにこれに応じたが、知合のガラス工場へ持ち込んでブラウン管を切断し、シヤドーマスクを隠して、いいのがれの説明をしてその場を糊塗した。また、同月一〇日頃前記専務取締役小坂常吉らにおいて技術的釈明を長尾に求めたが、長尾は、特許申請手続未了であるから回答できないと言を左右にした。その後、共同通信社の記者奥地幹雄が、長尾からさきに切断したブラウン管の提示を受けて、その螢光膜を剥がしてドツトの跡を認め、さらに東芝製カラーテレビと長尾の発明したと称するものとを並べて、拡大レンズ付カメラで双方の映像を撮影し、ここに両者が全く同一であることを確認したうえ、同月一八日頃会社を訪れ、社長国行、被告人保母、同長嶺らに対して写真を示して説明を求めた。国行らは、来社した長尾に右記者の写真を示して釈明を求めたところ、ドツトの形が異なつている筈だが写真には同じように映ると言いのがれをした。その間、長尾の人物、経歴に疑問が多い、長尾の発明は東芝製の偽作にすぎない、会社幹部が虚偽の風説を流布して株価の相場操縦をしている疑がある等の報道が続けられたので、会社は、ブラウン管を再度切断し、シヤドーマスクの存否を確かめることが端的に長尾の発明を証明することになるとして、同月一九日新井から長尾にこれを要求したところ、長尾は、これを拒否した。そこで、同夜国行社長以下被告人保母、同長嶺、吉田ら会社幹部が鳩合して対策を協議し、会社として世論の動向から技術的解明をせざるを得ない立場にある旨を伝え、直ちに長尾に対し技術解明することを要求する、もし長尾がこれに応じなければ契約を解除する旨を申し入れることと決した。ところが、この申入れに対し、長尾は、解約は諒承する、しかし、四、五日中に技術解明することができるが、解約に応じて他社に発明を持ち込むつもりだと回答した。そこで、会社幹部は、再び協議に及び、直ちに技術解明をするというのであれば、長尾の発明は疑問が多いが、あるいは本物であるかもしれない、本物としたならば、他社にそれを持つていかれては会社の損失となり、九仭の功を一簣にかくことに等しい、時あたかも第八六回定時株主総会が迫つている際でもあるので、解約は世論の動向からみても会社を一層の窮地に置くに至るとして、解約の申入れを撤回することに決した。そして、長尾に対し特許申請手続の促進を求め、その技術的解明を待つことになつた。

(六) その後における長尾との交渉等

昭和三六年七月二八日に開催された第八六回定時株主総会後においても、会社は、長尾に対し、特許申請手続を了したうえ理論的解明するよう要求しつづけたけれども、長尾は、すでに同年六月七日特許庁に対し「電子管を使用したテレビにおける電源回路方式」と題する特許出願をしたのをはじめ同年七月二四日までにカラーテレビに関する合計五件の特許出願をしたのに、会社に対して言を左右にして技術的解明に応じなかつた。ここに至つて、会社では、同年一〇月三一日もはや長尾を信頼することはできないものとして、長尾との契約を解除し、国行社長は、カラーテレビ問題の責を負つて同年一一月二八日社長を辞任した。なお、同年一月から七月末までの間に会社から長尾に対し研究手当ほか特別研究費、貸付金等の名目で支出された金額は、合計約金八〇二万円に達した。そして、株価も旧に復したので、東京証券取引所は、同年九月一八日をもつて前記各措置を解いた。同日の株価は、二〇四円となつていた。また、新聞紙上では、長尾の発明が虚構のものなる旨を伝え、ようやく世人の関心も薄らぐに至つた。しかし、昭和三七年一月二〇日会社および会社役員宅は、警視庁により、長尾に対する証券取引法違反等被疑事件について捜索差押を受けた。

第二  いわゆる総会屋の実態

いわゆる総会屋とは、諸会社の若干の株式を所有して、その会社の依頼に応じて、職業的にその会社の株主総会の議事の進行係を勤め、車馬賃等の名義で金品を受領するものをいうが、そのほか諸会社から金品等何らかの利益を得る目的で、株主総会に臨んで株主たる地位を濫用して、会社幹部の営業上の失敗ないし手落ちを攻撃し、はては会社幹部の個人攻撃までして、議場を混乱させて議事の進行を妨害し、自己の存在をその会社に認識させ、威迫を用いてその会社から金品を獲得する類の者、いわゆる「総会荒し」を総会屋という場合がある。そして、その会社の経理に不健全な点がある場合、ことに減資、減配の余儀ない事情の存する株主会総の場合は、総会荒しが策動する絶好の機会で、当期における決算状況その他会社の経理特に機密費、接待費、交際費等の使途または金額の明示を迫り、それについての証憑書類の閲覧を求めるとか、総会場でその点を追及するなどと、その会社を牽制、威迫して、多額の金品を強要することがある。また、株式の買占め、重役間の派閥争い、合併その他を原因とする内紛が右会社にある場合は、同会社幹部は、自ら総会荒しを求め、反対派の買収や、いわゆる用心棒の雇入れを行なうことさえある。なお、議事の進行係りを勤める総会屋も、問題のある株主総会については、供与される金品の増額を求め、その会社の態度如何によつては総会荒しに転ずることもある。しかし、順調な業績を示す会社の総会では、株主から会社に対し、議決の委任状が多く寄せられ、総会の出席者は少なく、実のある質疑もなされず、またたく間にすべての議案が議決されてしまうことが多いのが実情であつて、議事の進行を例年依頼してきた総会屋に委せて、株主総会が短時間で無事終了することをもつて、その会社の信用が高いことを示すものと解している経営者も少なくないのであつて、株主総会は、これを最高議決機関とする法の理想から遠く離れ、単なる儀式となつているように見える場合もある。

ところで、被告人久保は、総会屋の長老であつて、多数の総会屋の信望を得て、これを傘下に収めており、古くから一流上場会社から依頼されて、その株主総会の議事の進行係りを勤めてきたほか、諸会社の総会担当者から、傘下総会屋に対する謝礼金を一括受領してこれを各個に交付し、前述の総会荒し等に対する対策をも委されており、多年の経験から無理押しをしないで議事の進行をはかる手腕があり、そして、時には、その会社幹部の依頼によつて、あるいは自ら進んで、同会社のため、新規加入株主の調査、新聞雑誌等に対する取扱い、経済界、株式関係の情報の収集等をし、自らかかる会社の無給の相談役またはその顧問と自負していたものである。

第三、会社と被告人久保および同松本らとの従前の関係

会社は、大正末期頃から毎期の株主総会に関して、被告人久保にその総会のとりまとめ方を依頼し、総会前後頃会社幹部が同人を料亭でもてなし、被告人久保傘下の総会屋に対する礼金は、被告人久保と会社の総会事務担当者が相談のうえ、その額を決定し、被告人久保に対する礼金とともに、これを一括して同人に交付していた。被告人松本は、昭和二五年頃から会社の株を取得して、その株主総会に出席しており、会社は、同人を被告人久保の傘下の有力な総会屋と目していた。右被告人久保に一括交付される謝礼金の合計額は、昭和二九年一月の株主総会の時には合計金七万円で、その後逐次増額されて、昭和三五年七月の株主総会に際しては金一三万円であつた。なお、増資後の株主総会に際しては、右金額に五割程度が加算される慣例があつて、昭和三六年一月の株主総会は、増資直後であつたので、三四人分合計金二〇万円が支出された。そのうち、被告人久保に対し通常分二万円、増資分一万円、被告人松本に対しては、被告人久保を通じて、通常分一万円、増資分五、〇〇〇円が各供与されている。

第四、本件各株主総会の模様

(一) 第八六回定時株主総会

この株主総会は、昭和三六年七月二八日午前一〇時から、東京都千代田区丸の内三丁目四番地日本交通協会で開催され、被告人保母、同長嶺および同吉田ら役員が列席し、発行済株式総数二七、〇〇〇、〇〇〇株のうち、会社に寄せられた委任状による出席株式数は一五、八三四、七一七株に達しており、議場にはカラーテレビに関心をもつ多数の報道関係者、証券会社員および投機株主が出席し、その数は三〇〇名を超えた。被告人久保は一、九七五株の、被告人松本は一〇〇株の各株主として出席した。社長国行は、議長としてまず挨拶し議案審議に入る前に、カラーテレビについては本日の議案終了後説明したいと述べた。ところが、これに対し反対、賛成の声があがり、ある株主は、まずカラーテレビを説明せよ、経営陣の不信任の動議だなどと発言し、議長が営業報告に入ることをはばんだ。このとき、議場は、勝手な発言で一時混乱したが、被告人松本が立つて、コペルニクスの地動説を引用し、科学者を擁護すべきだ、会社が発明に経費を使つてもとがめるべきではない、第一議案によれば安定配当として一割五分を持続しているし文句がない筈だ、もしこれが通らなければ配当も貰えなくなる、まず議案を審議せよと滔々と述べた。これに対して、総会屋引つこめ等の弥次が飛んだ。ついで、カラーテレビの件は、役員の改選に関する第二号議案と関係があるから、決算関係の第一号議案および退任役員に対する慰労金贈呈に関する第三号議案を審議して、第二号議案は、カラーテレビの説明のあとにしたらどうかとの提案がなされるや被告人松本は、そのようなことは他に例がない、議長は委任状が六〇パーセントもあるから賛成多数と認める場合は、それで押し通せ、そうでないと今日の総会はまとまらないと議案先議についての意見を述べ、これにつぐ一株主の議案先議の発言によつて、午前一〇時二〇分頃議長は、ようやく予定のとおり議事を進めることができた。そして、議案審議に入つてからは、順調に議事が運ばれて、波乱もなかつた。この間、被告人松本は、第二号議案について、この件は投票と同一の効力を有するものとして議長より指名されたい、第三号議案については、贈呈することに決したい、その時期、金額および方法は取締役会に一任したいと発言し、会社案について賛成意見を述べて会社の議事の進行に協力した。予定どおりに全議案を可決したのち、議長から閉会が宣せられ、引き続き午前一〇時三〇分頃から、社長として国行がカラーテレビについて説明することになつた。当初一斉に多数の者が発言し、中には今度の件についてどう責任をとるかなどと会社幹部を攻撃するものもあつたが、このとき、被告人久保は、発明者が来るなり実物を見せるがよい、素人の社長がわれわれ素人に説明しても意味がない、後日専門家にみてもらうことにして散会したらどうかなどと発言したが、騒然たる弥次に包まれ、あなた方は専門家だからよくわかるだろう、よく聞いていきなと言つて退場してしまつた。それから、社長は、縷々長尾を迎えるに至つた経緯、発明を発表した事情等について説明したが、カラーテレビの真偽を確かめたい人達は、あいついで、質問を続け、正午まで長時間にわたつて応答がくり返された。しかし、社長からは、特許申請中であるから、それを終えるまで技術的に詳しい説明はできない旨回答した。この間、場内の者同志たがいに勝手な発言がなされて、混乱を重ね、被告人松本は、あくまでカラーテレビの真偽を確かめようとして発言する者があつたときに、他社のスパイがいるから詳しい説明をさけよと社長を擁護する発言をしたのであつた。

(二) 第八七回定時株主総会

この株主総会は、昭和三七年一月三〇日午前一〇時から、前回と同じく日本交通協会で開催され、被告人保母および同吉田ら役員が列席し、発行済株式総数二七、〇〇〇、〇〇〇株のうち、会社に寄せられた委任状による出席株式数は一七、九八八、七二九株に達しており、出席した株主は約一二〇名であつた。他に報道関係者約三〇名が傍聴し、会社の要請によつて警察官が会場の警備をしていた。被告人久保は九七五株の、被告人松本は一〇〇株の各株式を保有する株主として、それぞれ出席したほか、被告人久保傘下の総会屋数名が出席していた。被告人保母は、議長として開会の挨拶につぎ、カラーテレビの件で株主に迷惑をかけたことを陳謝し、長尾との契約の解除および国行社長の辞任の経過を述べ、警視庁によつて会社および役員宅の捜索を受けたが、それは、被疑者長尾磯吉に対する証券取引法違反の件および商法違反事件にかかるもので、会社または役員には何ら不正も容疑もない旨を述べた。そして、営業報告を終え、つぎつぎ議案五件を審議可決し、午前一〇時五五分総会は、閉ざされた。この間、主として被告人久保の傘下に属しない数名の総会屋と目されている者から、「会社は発明の発表によつて大衆を偽瞞したから五大新聞で謝罪せよ。」、「カラーテレビに関係した役員は退陣せよ。」または、「株価の暴落によつて株主に与えた損害については責任をとれ。」などの攻撃的発言があつたが、これらの者も、議案の評決には、ことさら反対を主張するものではなかつた。前回に比して、警察官の警備もあつたためか、平静に議事が運ばれた。なお、被告人松本は、たびたび立つて型どおりの発言をしては、会社の議事の進行に協力していた。

(以上認定事実についての証拠)(略)

(無罪の判断)

第一  各株主総会前後の会合および金員の授受

被告人保母(44回)、同長嶺(44回、45回)、同吉田(46回)、同久保(47回)および同松本(49回)の各供述、証人新井正吉(33回)、同井上一(26回)、同上杉弥一(24回)、同国行一郎(31回)、同伊藤信二(27回)および同大森矯次(21回)の各供述記載、押収にかかる「36・7・21総会分」、「36・7・21特別分」とそれぞれ題するメモ二枚(前同押号の一五の一、二)、一般管理費及販売元帳一冊(同押号の二五)、会計伝票綴三冊(同押号の二六ないし二八)、会計伝票綴一冊(同押号の三八)および一万円銀行券一〇枚(同押号の七一)等によれば、前記公訴事実のうち、金員授受の点、すなわち被告人久保に対し、昭和三六年七月下旬頃総務部長新井正吉が会社内で現金七〇、〇〇〇円を、同年八月初旬頃被告人長嶺、同吉田の両名が東京都港区芝公園第一四号地八番地被告人久保方で現金一〇〇、〇〇〇円を、また、昭和三七年一月下旬頃総務部長の事務をとる井上一が会社内で現金五〇、〇〇〇円を、同年二月初旬頃被告人吉田および右井上が会社内で現金一〇〇、〇〇〇円を各交付し、被告人久保がこれを各受領したこと、被告人松本に対しては、昭和三六年七月下旬頃右新井が被告人久保を介して同都千代田区大手町二丁目二番地株式会社アルプス(但し、前記改称後の名称による。以下同じ。)内で現金三〇、〇〇〇円を、同年八月上旬頃会社取締役上杉弥一が同所で現金一〇〇、〇〇〇円を、また、昭和三七年一月下旬頃右井上が被告人久保を介し同所で現金三〇、〇〇〇円を、同年二月初旬頃被告人吉田および右井上が同所で現金一〇〇、〇〇〇円をそれぞれ交付し、被告人松本がこれを各受領したことならびに以上の各金員は、すべて会社から支出されていることを認めることができる。

さらに、前掲各証拠のほか、内田ちよの司法警察員に対する供述調書(<3>冊)、押収にかかる伝票領収証綴一冊中の昭和三六年七月一〇日付香川の請求書(前同押号の一四)、被告人久保の検察官に対する昭和三七年三月三一日付供述調書第九項、被告人松本の検察官に対する同年四月六日付供述調書第八項、新井正吉の検察官に対する同月一二日付供述調書第二項、布田美栄子の司法警察員に対する同年三月二三日付供述調書、証人高橋たかの供述記載(22回)、押収にかかる富久井筒の売上帳一冊(同押号の三〇)、昼間孝之の司法警察員に対する供述調書、証人石島よねの供述記載(24回)、押収にかかるメモ(同押号の三七)および被告人保母の検察官に対する同年四月一一日付供述調書第八項等によれば、昭和三六年七月一〇日被告人長嶺、同吉田および前記新井が同都中央区宝町三丁目六番地割烹店(香川)に被告人久保を招待したこと、同月二八日第八六回定時株主総会直後会社社長国行および右新井が被告人久保を同人方に、被告人松本を前記株式会社アルプスに各訪れて右総会についての尽力につき謝意を表明したこと、同年八月四日右国行、被告人長嶺および同吉田が同区日本橋浜町一丁目二番地料亭「田川」で被告人久保を接待したこと、同年一〇月二一日被告人保母および会社取締役上杉弥一が被告人松本をゴルフに招待し、その帰途被告人吉田を交えて、同区日本橋浜町一丁目二番地料亭「富久井筒」で被告人松本を接待したこと、昭和三七年一月一二日被告人保母が被告人松本をゴルフに招待し、その帰途被告人吉田および右井上を交えて横浜市神奈川区台町一七番地割烹旅館「田中家」で被告人松本を接待したこと、同月一六日被告人長嶺、同吉田および右井上が同都港区新橋三丁目一八番地小料理店「きた駒」で被告人久保を接待したこと、そして、同月三〇日第八七回定時株主総会直後被告人保母が被告人久保を同人方に、被告人松本を前記株式会社アルプスに各訪れて右総会についての尽力方について謝意を表明したことを認めることができる。

第二、株主総会における発言または議決権行使に関する不正の請託の有無

(一) 第八六回定時株主総会

(1) 新井正吉の検察官に対する昭和三七年三月二七日付供述調書および同年四月一二日付供述調書第二項(以下検察官に対する供述調書は、単に調書と略称する。)、証人星野正己の供述(37回)、被告人保母の同月一一日付調書第五項、被告人長嶺の同月三日付調書、同月八日付調書第九項、同月六日付調書(後綴りのもの)第二項および同月一四日付調書第二項、被告人吉田の同年三月二〇日付調書第二項および同年四月一二日付調書第三項、第五項、被告人久保の同年三月二七日付調書および同年四月九日付調書第二項、被告人松本の同年四月三日付調書第一〇項、第八六回定時株主総会社長演説原稿(<11>冊)押収にかかるメモ五枚(前同押号一六)等によれば、会社側の被告人保母、同長嶺および同吉田らから、総会屋たる被告人久保に対して、前記「香川」または右総会前に会社において、「今度の総会はよろしく」という極めて簡単な言葉をもつて、同総会における議事の進行方について、そのとりまとめないし協力方を依頼したこと、また、右「香川」または会社における右依頼の際、被告人久保は、同総会において予定の議案がすべて審議されてから、社長よりカラーテレビの説明がなされる旨を聞いて、かかる会社の議事進行の方針を了承していたこと、そして、被告人久保から被告人松本に対して、同総会の前日都内工業倶楽部における他社の株主総会の席で「東洋電機の総会にはしつかり頼む」というこれまた簡単な言葉をもつて、被告人久保の同総会のとりまとめ方に協力してくれとの依頼がなされたことを認めることができるけれども、右総会の議事進行等について、会社側から被告人久保に対して、それ以上に具体的事項が明示されたうえ、その総会のとりまとめ方についての依頼がなされたことは、ついにこれを認定することができない。もつとも、この点に関する新井正吉の昭和三七年三月三〇日付調書第四項の中には、同人から被告人久保に対して、やや具体的に、同総会における株主の発言を押え適当な機会に質問を打ち切るようにしてくれと明言して依頼したかのような記載があり、また、被告人久保の同年四月六日付調書中にも、これに相応するかのような記載が存するけれども、そのいずれも同人らの他の調書の記載内容と必ずしも一貫しないものがあり、他の関係者の調書の記載内容とも一致しないので、これを措信することは困難である。

そこで、会社側の被告人保母、同長嶺および同吉田らから被告人久保に「よろしく」と依頼し、また被告人久保から被告人松本に対して「しつかり頼む」と依頼したとき、その言外に、右総会における正当な株主の発言を封じ、ないしは議決権の行使を妨害するなどの不正の行為、株主権の濫用を求める旨の請託の趣旨が隠されていて、これを相互に理解して、暗黙の了解があつたかについて、さらにまた、同総会のとりまとめ方を総会屋に依頼した動機、その意図、その真意が奈辺にあつたか、被告人らの調書に記載されているところの依頼の趣旨が果して前叙認定の客観的諸事情に合致し、信を措くことができるかについて考察しなければならない。

この点について、新井正吉の昭和三七年三月二七日付調書および同月三〇日付調書第五項、被告人保母の同年四月一一日付調書第五項、被告人長嶺の同年四月三日付調書および同月八日付調書第九項、被告人吉田の同年四月一二日付調書第五項、同年三月二〇日付調書第六項および同月二七日付調書第八項、被告人久保の同年三月二七日付調書、同月三一日付調書第七項および同年四月二日付調書(前綴りのもの)第三項ならびに被告人松本の同年四月三日付調書第一〇項、同月六日付調書第三項、第四項の各記載等は、一応検察官の主張に沿うようにみえるけれども、これらに記載されている、会社側の被告人保母、同長嶺および同吉田らが総会屋たる被告人久保らに依頼するに至つた動機ないしその意図たるや、各人各様であつたというほかはなく、また、被告人久保および同松本が会社側からの依頼趣旨をどのように了解していたかについては、極めて漠然たる記載にとどまり、被告人らがたがいに暗黙のうちに了解したところは一体何であつたかについて、これらの記載だけから掴むことは困難であり、他の客観的諸事情に照らして判断せざるを得ない。

(2) ところで、前叙認定事実の第一の事件の経緯等のうち(二)ないし(五)の諸事実をみるに、会社において長尾を嘱託に迎えて研究に当たらせてきたのは、おもに国行社長と新井総務部長とであつて、被告人保母は、副社長として昭和二六年一月末に初めて入社したばかりであつて、被告人長嶺は、右新井の上司の総務担当の常務取締役として会社労働組合との交渉に主力を注いでおり、右両被告人とも右長尾の発明研究には直接関与したものとみるべきではなく、国行社長から命ぜられた場合、時々これを補佐したにすぎず、また、被告人吉田は、経理担当の取締役として新井を通じて長尾に対する研究費の支出の決裁をし、被告人保母とともに株価の乱上下に対する防衛策を講じたけれども、これまた深く長尾の研究に関与したものとはいえず、さらに、右被告人らは、いずれもその経歴からみて技術的知識にうとく、新聞等の報道や長尾の言動から若干の疑問を抱くに至つたとしても、長尾の発明が虚構であることを見破ることは、困難であつたであろう。

また、前叙認定事実の第一の(三)の会社の自己株取得の事実をみるに、その動機は、株式相場の操縦を企図したことになく、他社の株の買占めの噂および安定株主を失うことをおそれた点にあり、会社の利益をはかるためとられた防衛的手段であつたとみるのが相当である。さらに、会社幹部が株式相場を操縦した形跡は、全くこれをうかがうことができない。そして、右総会における決算関係議案に、いわゆる粉飾決算その他経理上不正の存在することも、窺うことはできないのである。

(3) 証人星野正己の供述(37回)および同人作成の第八六回定時株主総会社長演説原稿(<11>)冊によれば、同人は、会社株式課長として例年の事務手続に則つて、右総会の一週間前頃、各議案を審議した後に巷間の噂から多数の人達が関心をよせている長尾のカラーテレビの発明について社長から説明することとし、その方針のもとに議事進行についての予定案を作成したうえ、総務担当の取締役たる被告人長嶺および副社長たる被告人保母らを経て、社長たる国行に提出し、いずれもそのまま相当であるとして、右原稿ができ上がつたことを窺うことができるけれども、被告人保母、同長嶺および吉田において、正当な株主の発言を封じ、または議決権の行使を妨げる意図のもとに、右総会で議案を先議するよう相図つたうえ、その進行案を右星野に命じて作成させたことを認めることはできない。

(4) 前叙認定事実の第四の(一)の第八六回定時株主総会の模様について、考察するに、その総会では、総会屋たる被告人久保および同松本において、会社のいわゆる提灯もちをして会社議案に賛成演説をし、たくみに議事の進行をはかり、国行議長は、これに力を得またはこれに促されて議事を運んでいつたものであり、同総会の冒頭において、カラーテレビの真偽を知ろうとして出席した株主から、会社の予定した議事の進行案に反対して、まずカラーテレビの説明をせよとの発言がなされて、一時論議が沸とうしたけれども、結局国行議長が株式多数の賛成を得て議案を先議した次第であつて、被告人久保および同松本らの総会屋が、右カラーテレビ問題を先きにせよとの株主の発言を頭から押えつけたり、その他株主の発言があつた時に、その腰を折り、またはこれを弥次り倒したりなどまでしてその発言を封じ、議長も反対意見を無視して、多数の力を頼んで強引に議事の進行を図るなどの不公正な方法をとつたとは、認められない。そして、カラーテレビの説明会では、いささか常軌を逸した言動が見当たらないわけではないけれども、それも、国行社長の司会の不慣れと、カラーテレビ問題について深い関心を寄せた株主らが、たがいに興奮のあまり勝手な発言をしたためであり、国行社長は、カラーテレビが偽作であることを知つて終始言いのがれをし、または、ことさらこれらの質問を押えつける方法をとつたとは見受けられない。

(5) もつとも、前記第一において認定したように、会社から被告人久保および同松本に対して、従来の株主総会に比して多額の金員が交付され、ことに右総会後において、それぞれ金一〇万円が手交され、さらに、同総会終了後議長が右両被告人方をわざわざ訪ねて謝意を表わしているけれども、新井正吉の昭和三七年四月一二日付調書、被告人保母の同月一一日付調書第六項、被告人長嶺の同月三日付調書、被告人久保の同年三月二七日付調書および同月三一日付調書第九項等の各証拠、また、前叙認定事実の第二のいわゆる総会屋の実態および第三の会社と被告人久保および同松本らとの従前の関係に徴して考察するに、被告人久保が、会社の総会の事務を担当していた前記新井に対して、右総会では総会荒しがしゆん動するからその対策費が要ると語り、その結果右金額が特別分として割増しされたものであり、また、総会後における異例の金員交付の事実および謝意の表明は、議事の進行について尽力してもらつた謝礼のほか、困難な総会を無事終了することができた祝意の表明でもあつたとみるのが相当である。

以上の(2)ないし(5)の各般の事情に照らして、前記(1)に掲記した各調書を検討するに、会社役員にはカラーテレビに関連する巷間伝えられた株価操縦の事実や粉飾決算その他経理上の不正もなく、従つて、被告人保母、同長嶺および同吉田らが、この点についての責任の追及をことさらおそれていたとは考えられないのであるが、同被告人らは、会社の株価の変動に関心をもつ投機株主が多数右株主総会に出席し、また株主以外のカラーテレビに異常な関心をもつ者も株主から委任状を取得して同総会に出席し、カラーテレビの真偽について質問が集中し、総会の議場が沸きかえり、議案の審議にも支障を及ぼし、かなりの時間を要し、よつて会社の信用が失墜するに至るかもしれないこと、カラーテレビの試作品を充分な技術的、理論的解明を経ずに直ちに公表したため、世上とかくの批判があつて、このことにつき右総会議場で社長はじめ会社幹部に手落ちがあつたと攻撃されても仕方がないこと、また、この際総会荒しもしゆん動するかもしれないことを予想して憂慮し、かかる困難が予想される総会を自らの力によつて乗り切る自信がなくて、毎期の総会の進行係りを依頼してきた被告人久保および同松本らの総会屋の力を頼り、同総会の議事の進行方および総会荒しに対する処置を、被告人久保らに依頼せざるを得なかつたのが、会社役員らの真意であると認められるのであつて、前記会社の総会議事進行案作成の経過および前叙認定事実に顕われた被告人久保の総会屋としての従前の行動、本総会の状況等に照らして考えても、会社役員から被告人久保への「よろしく」または、被告人久保から被告人松本への「しつかり頼む」という言外に、総会議場で株主から会社に不利な発言があつたりしたとき不公正な方法でこれを封じてもらいたいという趣旨が含まれていて、この点につき、これらの者の間にそれぞれ暗黙の了解が成立したことを窺うことはできない。従つて前記(1)掲記の各調書中検察官の主張に沿う部分は、そのまま措信することができないのである。

なお、被告人保母、同長嶺および同吉田から被告人久保および同松本に対して、右総会での他の株主の議決権の行使を妨げてくれとの不正の請託があつたというこうことは、全証拠をもつてしても、これを認めることはできない。

さらにまた、被告人久保または同松本が、この総会について、会社の待遇が己らの期待に反する場合に逆に総会荒しに転ずる意図を持つていたとは、証拠上認められないのである。

(二) 第八七回定時株主総会

(1) 被告人保母の昭和三七年四月一一日付調書、被告人吉田の同月一二日付調書、被告人久保の同月二日付調書(後綴りのもの)、被告人松本の同月九日付調書長嶺の同月八日付調書および井上一の同月一一日付調書によれば、国行社長辞任後社長事務を代行していた被告人保母、新たに総務担当の取締役になつた被告人吉田および新たに総務部長の事務をとることになつた井上一が前記「田中家」において、被告人松本に対して「今度の総会にはよろしく」といい、また、被告人吉田、右長嶺および井上が、前記「きた駒」において、被告人久保に対して、やはり「総会のことはよろしく」といつて、右総会の議事の進行方についての協力を依頼したこと、そして、被告人保母から被告人久保および同松本に対して、右総会の冒頭でカラーテレビ問題について会社幹部に不手際のあつたことを株主に対して陳謝する方針である旨を伝えていることを認めることができるけれども、そのほか、具体的事項にわたる明示の依頼があつたことを窺うことはできない。

よつて、右のような依頼の動機ないしはその真意はどこにあつたか、さらに、総会屋の協力を求めた理由はどこにあつたかを考察しなければならない。

(2) この点に関する証拠をみるに、被告人保母の昭和三七年四月一一日付調書および同月一四日付調書第三項、被告人吉田の同月一二日付調書、被告人久保の同月二日付調書(後綴りのもの)第二項ならびに被告人松本の同月九日付調書第八項および第九項の各記載は、一応すべてを網らしてはいるが、かえつて重点を捉え難く、被告人保母および同吉田が被告人久保らの総会屋に依頼した真意を掴むことはむずかしく、他の証拠や諸事情に徴して、これを判断しなければならない。

(3) 総務部長の事務をとり右総会の準備やその対策について責任ある地位にあつた井上一の証人として供述記載(26回)および同人の昭和三七年四月一一日付調書第二項、第三項(<11>冊)によれば、同人は、前回の株主総会ですでに相当荒れたことでもあり、長尾との契約も解除し、国行社長がカラーテレビ問題の責任をとつて辞職しているので、カラーテレビ問題について、第八七回定時株主総会では株主から余り追及がないのではないか、総務部長の事務をとるに至つた後、最初のうちは株主や報道関係者から随分うるさく質問や要求があつたが、社長辞任後余り問合せがなかつたので、同総会が荒れて収拾できなくなるようなことは、まずないと思つていたというのである。

そして、前叙認定事実の第一の(六)のその後における会社と長尾との交渉等において認定したところによれば、昭和三六年九月頃会社の株価も旧に復し、カラーテレビ問題についての世人の関心もようやく薄らぐに至つていたのである。従つて、被告人保母および同吉田らにおいて、右総会において再び株主からカラーテレビ問題につき追及を受けて議場が混乱に陥ることを憂慮したとみることはできない。さらに、同被告人らが、国行社長が責を負つて辞任した後において、株主から他の役員の退陣までを強く求められることはないものと考えていたとみるのが相当であろう。

(4) 前叙認定事実の第四の(二)の第八七回定時株主総会の模様によれば、同総会は、予期に反して株主の出席者も比較的少なく、被告人久保の傘下でない総会屋からやや会社を攻撃する発言がなされたが、平穏裡に短時間で、会社の予定した進行案どおりに、議案の審議がなされ、被告人久保および同松本らから株主の発言を押えたりした形跡を窺うことはできない。

(5) もつとも、右総会に関して、その前後、第一記載のように、会社から被告人久保および同松本に対して多額の金員が交付されているが、前叙認定事実の第二のいわる総会屋の実態および第三の会社と被告人久保および同松本らとの従前の関係ならびに証人井上一の供述記載(26回)によれば、それは、右井上が被告人久保から、総会荒しが押しかけるような問題のある総会であるから謝礼を割増しするのがよいと言われて支出したものであり、また、被告人保母が初めての議長の役を無事に勤めることができた喜びから、総会での尽力についての労をねぎらう趣旨で、前回の例に従つて謝礼に及んだものと解するのが相当である。

以上の諸事情および証拠に照らして考察すると、被告人保母および同吉田において、総会屋たる被告人久保および同松本に対して、総会のとりまとめ方を依頼するに至つた真の意図は、暴力団が総会荒しを企てている情報を被告人久保らから聞いてそれらの者によつて同総会の議事の進行が妨害され、会社の信用が失墜することを憂慮し、ことに国行社長が辞任したのち社長代行の職責上初めて右総会の議長を勤めなければならなかつた被告人保母としては、ことさらその不安をつのらせていたため、従前からの例にならい、被告人久保および同松本らを頼みとし、総会屋に議事の進行についての協力方を懇請し、かつ、被告人久保に対しては、同人が名の通るところから暴力団対策をも委せたものであると認定するのが相当である。そうであつてみれば、第八六回定時株主総会について判断したと同様、本総会においても、被告人らの間に、総会における株主の発言を封ずる旨の暗黙の了解ないし合意の存在、ひいて不正の請託の存在を肯認することはできない。

なお、全証拠をもつてしても、本総会における他の株主の議決権の行使を妨げる旨の不正の請託の存在を窺うこともできない。

さらにまた、被告人久保または同松本が、この総会について、会社の待遇次第では総会荒しに転ずる意図を持つていたと認められないことは、前総会について判断したと同様である。

(三) 結論

以上認定した被告人らの各行為が商法第四九四条第一項第一号および第二項に抵触するか否かを考察するに、この規定は、その立法の趣旨なかんづく当初の原案の修正、すなわち不正の請託なる語が加えられた経過に徴すれば、少数株主等がその地位にもとづく諸権利を濫用して、その権利に名を藉りて、株主総会等における他の株主等の発言または議決権の行使を妨げるような不正の行為を防圧し、いわゆる総会荒しを処罰するために設けられたものであり、総会屋に金品を供与して、会社の議案を無事可決に導くため、その協力方ないしは議事の進行方を依頼する場合までを処罰しようとしているものではないと解するのが相当である。

従つて、本件各株主総会においては、以上のように会社役員から総会屋に対し、各総会についての議事の進行係りの依頼または総会荒しに対する対策が依頼され、その報酬が支払われていることが認められるのであるけれども、株主の発言を封じ、またはその議決権の行使を妨げるような請託がなされたとは認められないのであるから、これは、右法条にいう不正の請託があつたものと解することができないのである。

第三  結び

以上の次第であつて、第八六回および第八七回各定時株主総会に関する不正の請託は、いずれもこれを肯認するに足りないから、さらに公訴事実の他の諸点、すなわち不正の請託そのものの共謀、金員授受に関する共謀ないし、その趣旨等の点について判断するまでもなく、本件は、犯罪の証明が充分でないものといわなければならない。従つて、被告人らに対し、商法違反の点について、刑事訴訟法第三三六条後段に則り、無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 掘義次 丸山喜左エ門 田崎文夫)

(別紙)(略)

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